2016.8.15

『アロマテラピーの歴史②』 香水大国フランスの起源とぺストの予防薬

終戦記念日でした。不戦の誓い、平和への決意…毎年耳にする言葉ですが、

今年はなぜかザワザワした気分になりました。

夏の選挙で改憲派が勝利しましたが、改憲派が改憲したくてたまらないのは憲法19条です。

19条こそが戦後71年間平和を守ってきた守護神であるのに、

それを改憲する気満々の人が、”不戦”?”平和”?…欺瞞としか感じられません。

 

折しも、天皇陛下が生前退位へのお気持ちをご表明なさったばかり…。

ご高齢ゆえご公務の責任がご負担であることはもちろん理解できますが、

生前退位のためには”改憲”せざるを得ず、

改憲とは天皇に権限のないはずの政治的行為であり、もしかすると改憲派が、

『ね!やはり憲法も時代と共に変わるべきよね。天皇陛下も望んでいらっしゃるし~。』

と勢いづくかもしれず…。

誰よりも平和を望んでいらっしゃる天皇陛下のお言葉が、

19条の改憲を図らずも後押しする結果になるとしたら、…皮肉なものですね。

 

さて、本日は昨日に引き続き、『アロマテラピーの歴史』をお話しさせていただきます。





フランスへ香水をもたらしたカトリーヌ・ド・メディチ



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1533年にはイタリヤのメディチ家から、フランスの王家に嫁いだ

カトリーヌ・ド・メディチにより、フランスに香水文化が伝えられます。

カトリーヌ・ド・メディチはルネッサンスの都、フィレンツェより

進んだ食文化をフランスにもたらしたことで有名ですが、調理人や菓子職人のほか、

薬剤師、調香師を連れ輿入れしたといわれ、

南仏グラースが香水産業の拠点となるきっかけとなります。

(メディチ家は銀行家として有名ですが、もともとスパイスや薬の商いで

財をなした家系であり、メディチmediciは薬や医者を意味します。英:medicine)





ペストの流行と魔女狩り

 

14世紀から17世紀にかけて、ヨーロッパではペストが猛威を振るいます。

わずか3、4年の間に人口が30%減るという恐怖にさらされるなか、

ある町で、死者の家から家財を盗むという犯罪が多発します。

捕まえた盗賊たちに、感染を免れた秘密を明かすように迫ると、

ローズマリー、セージ、タイムなどのハーブを漬け込んだビネガー(酢)

全身に塗っていたことを明かし、

また別の土地でも精油を毎日扱う皮職人には死者が出ていないことから、

精油や芳香植物の殺菌効果に注目が集まりました。

けれどもペストは魔女の仕業として、魔女狩り(15世紀~18世紀)が行われたため、

精油やハーブを用いた民間療法は隠れて行われなければなりませんでした。



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ハーブを使用すると魔女と言われたなんて、大変な時代があったのですね。

現代でも香りの利用はイギリスではマッサージやハーブ茶による芳香療法が盛んなのに対し、

フランスなどヨーロッパは香水中心なのは、こうした歴史があるからかもしれませんね。

 

続きはまた明日。

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Writer


エレガントライフアカデミー代表
原田 章子 Harada Shoko


福岡市に生まれる。福岡雙葉小学校、中学校、高等学校卒業。白百合女子大学文学部、国文学科卒業。

90年代よりテーブルアートを志し、フランス留学。料理学校『コルドン・ブルー』、『リッツ・エスコフィエ』で料理と製菓を学ぶ。公爵夫人マリー・ブランシュ・ドゥ・ブロイユに師事し、フランス食文化史を学ぶ。パリの生花店『コム・オ・ジャルダン』で修業。その後も定期的に渡仏し、同店で研修を受ける。

2015年、母、原田治子逝去に際し、エレガントライフアカデミーの代表に就任。当Blogの執筆も手掛ける。