2016.6.20

『テーブルリネンの歴史』 古代ギリシャ~現代まで テーブルコーディネート教室

夜になって激しく降りだしましたね。

皆様傘はお持ちでしたでしたでしょうか?

 

母は傘を失くす名人。ジムや教会に置き忘れる。

運転する自家用車の屋根の上に置いたまま、発進。振り落としてしまう。

でも不思議にたいてい返ってくるの。モノを大切にする人だったから、

モノの方も母のことが好きで、使ってもらいたくて帰ってくるのかな?

 

愛するモノ、大切なモノに囲まれた生活。

自分用にした欠けたカップ、修理しながら履く靴、株分けをして増やす植物…

あまり好きでもない、新しいものを買うより、わたしもずっと好き。

貧乏くさい?今はやりの断捨離やプチプラファッションとは程遠いですね。

でもそういうことが自分らしいスタイルを作るんじゃないかな?

 

今も母愛用の傘が3本…主人を雨から守る日をクローゼットで待っています。

 

さて6月のテーマは『リネンの知識』

テーブルクロスやナフキンのお話しをしたいと思います。

食事の時テーブルに布をかけるという行為は、

ヨーロッパでは古代ギリシャ(紀元前2000年頃)で行われだしたと言います。

ローマ時代になると宴会は“臥宴(がえん)トリクリニウム”と言って、ベンチに寝そべって食べるのが普通で、

手づかみで食べた指は給仕人が持ってくる水の入ったボウルで洗い、

腕にかけた布で拭い、これがナフキンの始まりとなったと言います。





ローマ時代トリクリニウムの食事風景。

テーブルクロスはなし でもボウルと布を持った給仕人の姿が見えます。

http://veryhotnews-trendwak.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_aaf/veryhotnews-trendwak/th2.jpg

 

中世の暗黒国時代の後、14世紀になってルネッサンスが開花するころから、

宗教画などにもテーブルクロスが見られるようになりますが、食習慣としては手づかみで、

汚れた手はテーブルクロスの前部分が使われ、

その後テーブルクロスの上にかける小型の”上かけ(トップクロス)”が使用されるようになり、

しだいにそれが一人用のナフキンとして独立するするようになました。





レオナルドダビンチ作『最後の晩餐』はルネッサンス期描かれました。https://www.pinterest.com/pin/393853929886854972/

 

現代のように、ナフキンとテーブルクロスがヨーロッパの家庭に

普及するようになるのは19世紀、産業革命による織物技術の発達が

寄与していたことは明らかです。





ルノアール作『舟遊びをする人たちの昼食』

19世紀テーブルクロスとナフキンがセットになりました。

http://hakugodo.blog112.fc2.com/blog-entry-448.html

 

日本では食卓に布を敷く習慣はなく、明治時代に洋食文化の一部として伝来、

ホテルなど洋食を提供する一部の飲食店で用いられていましたが、

高度成長期になって一般家庭にも広まりました。

 

とは言え、毎食テーブルクロスとナフキンを用いるという家庭は多くはなく

扱い方やマナーに精通しているとはいえません。

次回はナフキンのマナーやテーブルクロスの使い方などについて

お話しさせていただきますね。

 

テーブルコーディネート基礎コース『食卓の美学セミナー』

毎月、季節感あふれる素敵なテーブルコーディネートをお目にかけながら、

洋食器、和食器、リネン、ガラスなどテーブルに必要なものの知識、手入れの仕方、

テーブルマナー、色彩学などをお学びいただけます。



Category

Writer


エレガントライフアカデミー代表
原田 章子 Harada Shoko


福岡市に生まれる。福岡雙葉小学校、中学校、高等学校卒業。白百合女子大学文学部、国文学科卒業。

90年代よりテーブルアートを志し、フランス留学。料理学校『コルドン・ブルー』、『リッツ・エスコフィエ』で料理と製菓を学ぶ。公爵夫人マリー・ブランシュ・ドゥ・ブロイユに師事し、フランス食文化史を学ぶ。パリの生花店『コム・オ・ジャルダン』で修業。その後も定期的に渡仏し、同店で研修を受ける。

2015年、母、原田治子逝去に際し、エレガントライフアカデミーの代表に就任。当Blogの執筆も手掛ける。