2016.4.3

『洋食器の歴史』 と ブルー・オニオンのトリビア ~ テーブルコーディネート教室

今日はいたるところでお花見が行われたようですね。皆様、ご堪能なさいましたか?

曇り空でしたが雨が降らず良かったです。

さて、今月のエレアカは洋食器がテーマ。本日は『洋食器の歴史』をお話ししたいと思います。




中国で誕生した磁器

 

古くはメソポタミア、エジプト、中国の遺跡から様々な食器の原型を見ることが出来ます。

中国の宋の時代には、白磁や青磁の花器や黒い釉薬を用いた茶器の発明がなされ、

明の時代(13世紀末~17世紀)には完全な磁器が作られました。





明朝の白磁の茶器。(copyright by Wikipedia)




中国そして日本磁器のヨーロッパ輸出

 

一方、1602にオランダ東インド会社設立と共にヨーロッパへの中国磁器の輸出が

盛んになり、磁器は当時宝石のような価値を有していきました。

その後明の滅亡と共にヨーロッパ諸国は磁器の輸入を日本に求め、折りしも

朝鮮から帰化した李三平によって、有田の白川天狗谷に発見された(1616年)白磁鉱をもとに

磁器が量産され、伊万里港より大量の有田焼が輸出されます。

輸入された白く透き通るような東洋磁器はヨーロッパの人々の憧れの的であり、

王侯貴族は競って買い求め、壁に飾りステータスシンボルとして代々受け継いでいきました。

 

 

 

ドイツで磁器の製造に成功

 

そのうち輸入磁器のみに飽き足らず、ドイツのザクセン候、アウグスト2世

自国磁器を作らんと決意し、錬金術師ヨハン・ベットガーをアルブレヒト城に幽閉して

研究を重ねさせ1709年白磁はヨーロッパでも完成をみました。

これがマイセンの元となり、これを機にヨーロッパの国々で窯がひらかれ、

王侯貴族のパトロンを得て輝かしい繁栄をみて、現在に至ったのです。





ザクセン公アウグスト2世 (copyright by Wikipedia)




『ブルー・オニオン』のトリビア

 

さて、マイセンで有名な『ブルーオニオン』。実は玉ねぎではないことをご存知でしょうか?

初期のマイセンが青色の着色剤を発明したとき、

真っ先に挑戦したのが中国の染付風の食器の製造。

モデルにした中国磁器ののザクロの文様が、ザクロを知らないドイツの人々によって

玉ねぎと間違われたことにより、その呼び名が付きました。

19世紀末に財政危機の際、図柄の意匠使用権が売却され、マイセンの他、フッチェンロイター、カールスバードなど、他の窯にも『ブルー・オニオン』があります。





ザクロといわれてもまだ玉ねぎにに見えますね。(copyright by Wikipedia)

 

洋食器の歴史を軽~くお話ししました。『食卓の美学セミナー』では、

さらに面白いエピソード満載でお話ししたいと思います。

 

どうして歴史を知ることが必要なのかといえば、

それは食器に対する理解を深めることにつながるから。

理解が深まれば、リスペクトの気持ちが芽生え、食器に対する愛情が生まれます。

食器をただの”モノ”として扱うのではなく、”大切なお友達”として

毎日のお食事の時間、もてなしの時を共にしてください。

必ずあなたの愛に応えて食卓を輝かせ、お料理を美味しくしてくれるはずです。



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Writer


エレガントライフアカデミー代表
原田 章子 Harada Shoko


福岡市に生まれる。福岡雙葉小学校、中学校、高等学校卒業。白百合女子大学文学部、国文学科卒業。

90年代よりテーブルアートを志し、フランス留学。料理学校『コルドン・ブルー』、『リッツ・エスコフィエ』で料理と製菓を学ぶ。公爵夫人マリー・ブランシュ・ドゥ・ブロイユに師事し、フランス食文化史を学ぶ。パリの生花店『コム・オ・ジャルダン』で修業。その後も定期的に渡仏し、同店で研修を受ける。

2015年、母、原田治子逝去に際し、エレガントライフアカデミーの代表に就任。当Blogの執筆も手掛ける。