2016.9.29

スプーンにまつわるエトセトラ…『テーブルコーディネート教室』

雨が降って、ようやく涼しくなりましたが、昨夜は福岡近郊で竜巻被害が出たようです。

今夜から明日の朝にかけても大気の状態が不安定になるそうですので、

不要な外出は避け、帰宅途中の方もくれぐれも気を付けてお帰りくださいますよう。

 

先日『カトラリーの歴史』でお話ししたとおり、

スプーンは手以外の食べる道具として、最初に登場したツールでした。

そのため世界には“スプーン”を使った色々風習、言葉があります。

本日はそちらをご紹介したいと思います。



http://page21.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/j398140435




スプーンで”愛”を語る

 

ケルト地方、現在のヨーロッパ北西部では銀のスプーンを愛の象徴として

戦場に赴く恋人に贈ったといいます。

現在もケルトの文化が残る地方では、

恋人にスプーンをかたどったペンダントをプレゼントする習慣があるそうです。

 

昔ノルウェーでは、結婚話が持ち上がった青年はみずから森に出かけて、

一本の丸太から鎖でつながった2本のスプーンを

ノミとナイフのみで一切の継ぎ目なく作ったそうです。

無事に結婚が成就すると、式の翌朝新婚夫婦はそれを用いて朝食をとるのですが、

破談になれば途中でスプーンづくりも打ち捨てることになるわけで、

周囲はそれを『スプーンになるか、木くずになるか…』といって見守ったと言います。




子供に贈るスプーン

 

スプーンに関する最も有名な言葉は『銀のスプーンを加えて生まれる』でしょう。

銀は富の象徴だったので、裕福な家庭に生まれることをこのように表現しました。

そこから出産祝いに子供の一生の幸福を祈って、銀のスプーンを贈る習慣が生まれました。

一方『木のスプーンを加えて生まれてきた』といえば、金銭的に厳しい家庭の出を表し、

木のスプーンに銀貨を添えて贈る地方もあるようです。



http://www.natulive-canada.com/2014/02/




イギリスでは16世紀から17世紀にかけて、裕福な家庭では

『使徒のスプーン』と呼ばれる銀製のスプーンが子供の洗礼の際プレゼントされました。

これはスプーンの柄に12使徒の形をかたどったもので、基本的には12本一組ですが、

中にはキリストをかたどった大型のスプーンが加えられ、13本になることもありました。

それほど裕福でない家庭では一本だけ、子供の洗礼名にちなんだものが用意されたそうです。




『死』や『不幸』を表すスプーン

 

愛や子供の幸福を祈る一方で、スプーンは死や不幸を表すこともあります。

『スプーンをかける』といえば、その人が亡くなったことを表し、

『スプーンが落ちる』といえば、不幸の予兆であるとされました。

これは昔個人用のスプーンが、食事に使用する以外の時、

食堂の壁にかけられていたことから来ており、

スプーンが人の生命や幸不幸の象徴だったことが分かります。



http://www.hudsonriverkagu.com/kosho.html

 



スプーンを使った表現いろいろ

 

悪魔が長いスプーンを使うと言われることから、

『長いスプーンを使う』で、”油断ならないやつだ”という意味になり、

スプーンは子供を表すことが多いため、『スプーンの時代を過ぎる』といえば、

“もう子供ではない”ということになります。

『spoony(スプニー)』といえば、”女性に甘い、センチメンタルな”という意味。

『匙を投げる(=あきらめる)』という表現は、病状が重くなれば

医者が薬を調合するための匙が必要なくなることから来ていると言われます。

 

世界のスプーンを使った風習や言葉、いかがでしたでしょうか。

スプーンがいかに人々の生活に密着した存在だったか分かる気がしますね。

現代の生活はいろいろと便利に道具に囲まれているとはいえ、

スプーンが生まれて一番に使う道具であり、最後に使う道具であることは変わりありません。

シルバーのスプーンは見た目もとても素敵ですし、

幸福を願ってお子様にパートナーに贈ってみてはいかがでしょうか?

きっと良い思い出になりますよ。



Category

Writer


エレガントライフアカデミー代表
原田 章子 Harada Shoko


福岡市に生まれる。福岡雙葉小学校、中学校、高等学校卒業。白百合女子大学文学部、国文学科卒業。

90年代よりテーブルアートを志し、フランス留学。料理学校『コルドン・ブルー』、『リッツ・エスコフィエ』で料理と製菓を学ぶ。公爵夫人マリー・ブランシュ・ドゥ・ブロイユに師事し、フランス食文化史を学ぶ。パリの生花店『コム・オ・ジャルダン』で修業。その後も定期的に渡仏し、同店で研修を受ける。

2015年、母、原田治子逝去に際し、エレガントライフアカデミーの代表に就任。当Blogの執筆も手掛ける。