朝日新聞で再連載中の夏目漱石『吾輩は猫である』を読んで笑っちゃった!
「こう暑くては猫といえど遣り切れない。
皮を脱いで、肉を脱いで骨だけで涼みたいものだ。(中略)
たとい骨だけにならなくても好いから、
せめてこの淡灰色の斑入りの毛衣だけはちょっと洗い張りでもするか、
もしくは当分の中質にでも入れたいような気がする。」
面白いでしょう?ユーモアって素晴らしいですね、一瞬暑さを忘れたもん。
有名な箇所ですので知ってはいましたが、毎日トムを見て、
「暑いだろうな~。」と思っていたところでしたし。
それにしてもこの殺人的な暑さ、いつまでつづくのでしょうか?
もうあきあき…。(暑さに飽きたのと、秋を待ち望む気持ちをかけてみました~。笑って♡)
生姜湯とホットコーヒーの朝食をとりながら、新聞にひととおり目を通すのが私の日課。
(お行儀悪くてゴメンナサイ…朝食は一人なので。)
今日は数年前に読んで、感激した記事を皆様とシェアしたいと存じます。
お書きになったのはアーティストプロデューサーの四角大輔さん。
ミニマリストとして近年注目を集めている彼は、
ニュージーランドでほぼ自給自足の生活を実践していらっしゃいます。
http://tub.tubgit.com/reimg/resize-img.php?src=http://tub.tubgit.com/images246/vfjvqv3jtqp.jpg&h=1080&w=1920
ニュージーランドに西洋人が貨幣制度を持ち込む以前、
先住民のマオリ族の間で流通していたのは、「おカネ」ではなく、ある「価値観」だった。
それは「マナ(Mana)」と呼ばれ、英語には該当する言葉がない。(中略)
人は最大級のマナを持って生まれ、不徳や罪を犯せばマナを失うが、
善行により「与える」ことで、マナは高まる。(中略)
マオリ族は、カネやモノのためではなくマナを高めるために生きてきたという。
この「マナ」という価値観、素晴らしいとお思いになりませんか?
最大級に持って生まれ、不徳を犯せば減り、善行を積めば増える。
そしてこれを高めるために生きていく。
日本語にすると、「徳」や「品性」に近いのではないでしょうか?
わたくしの考える徳の高さとは、例えば人の悪口を言わない、良いことをしても宣伝しない、
自分のものを人に与えて幸せを得る…など。
また高い品性とは、噂話に興味をもたない、人の下の世話をする時も”くさい”と言わない、
誰かを利用して得をしようとしない…などでしょうか。
ただの素朴な善人で清貧を好むというだけではない、
“精神的気高さ”を備えたことであるような気がします。
こういったことは本来、日本人がずっと大切にしてきたことであるのに、
近年忘れ去られつつあるのかもしれません。
http://crosse.com/column/留学渡航先でも人気!のニュージーランド豆知識
現代資本主義社会ではお金が最も重要な価値となってしまいました。
もちろん家族を養ったり、子供に教育を受けさせたりするためにはお金が必要です。
けれども労働の喜びは本来、自分の時間や労力を使って人に喜んでもらう事であって、
お金を得るためではなかったはずです。
品性を落としてまで得て、得なものなどないし、子供だって貧しい環境にあっても、
徳の高い親の元で育てられた方が幸せなのではないでしょうか?
先に引用した文を、四角さんは以下のように締めくくっていらっしゃいます。
(中略)こうした、本来誰もが大切にしていたはずの気高さ、人類の根底に流れる
本質的な美意識こそが、これからの人類が目指す方向になるはずだとぼくは信じている。
四角さんのように自給自足の生活をするのは無理ですが、
『マナ』に一番の価値を置く生活を実践していきたいなと思うこの頃です。
エレガントライフアカデミー代表
原田 章子 Harada Shoko
福岡市に生まれる。福岡雙葉小学校、中学校、高等学校卒業。白百合女子大学文学部、国文学科卒業。
90年代よりテーブルアートを志し、フランス留学。料理学校『コルドン・ブルー』、『リッツ・エスコフィエ』で料理と製菓を学ぶ。公爵夫人マリー・ブランシュ・ドゥ・ブロイユに師事し、フランス食文化史を学ぶ。パリの生花店『コム・オ・ジャルダン』で修業。その後も定期的に渡仏し、同店で研修を受ける。
2015年、母、原田治子逝去に際し、エレガントライフアカデミーの代表に就任。当Blogの執筆も手掛ける。