2016.4.17

マイセンの『白磁焼成までのエピソード』 と 『絵付けの知識』

昨日まで断続的に続いた大地の揺れは、山に里に大きな爪痕を残し、

今日はほとんど感じられない程度になりました。これで治まってくれるのか、余震が続くのか…

不安な生活をお送りになっている被災地の方々にお見舞い申し上げるとともに、

お亡くなりになった方のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

 

ヨーロッパで初めて白磁焼成に成功したマイセンですが、

それまでには様々な紆余曲折がありました。

本日はエレアカ所有のマイセン磁器をお目にかけながら、

白磁焼成までのエピソードをお話ししたいと存じます。





国力増強を掲げ、軍備と共に経済的発展を目指したザクセン候アウグスト2世は、

当時中国でしか作れないと思われていた硬質磁器の焼成を目指します。

国内の学者たちに命じたものの数年かかっても似たものさえできず、

そこで白羽の矢が立ったのは錬金術師ヨハン・べッドガーでした。





ベッドガーは『できないことを出来る(金を作れる)と言った罪』で

自国を追放の身にあったところをアウグスト2世に拾われたものの、

今度は白磁焼成を命じられ、「成功するまで故郷に帰ることは許さん。」と

アルブレヒト城に幽閉されてしまいます。

雪のように白く、光を通す器…ベッドガーにとっては生まれて初めて目にするものであり、

焼き物の経験すらない彼にとっては無理難題です。ですが『できない』といえば、

剛腕で名高い王のこと、追放で済まないことは目に見えています…。





ベッドガーは国中の土を取り寄せ、来る日も来る日も研究を重ね、ついに11年の歳月をかけ、

磁器の秘密がカオリンにあることを突き止め、ようやく白磁焼成に成功します。

ところがアウグスト2世は、磁器の秘密が他国にもれることを恐れ、

故郷に帰してやるというベットガーとの約束は守られませんでした。

ベットガーはマイセン窯の工場長として厚遇は受けながらも、

故郷の家族を思い、失意のうちに37歳の若さで世を去りました…。





かくしてヨーロッパ初の硬質磁器焼成に成功したアウグスト2世は、

磁器製造を独占するためマイセンの秘密を3つに分けます。

硬質磁器の生地作りをヨハン・ベットガー、造形を彫刻家ヨハン・ケンドラー、

そして絵付けをハンス・ヘロルド…この天才三人の技術がなくては、

マイセン磁器は出来ないようにしたのです。

鉄壁と思われたこの保護政策ですが、隠そうとすればするほど秘密は漏れるもの…

数年後には磁器製造はヨーロッパ中に広まることとなるのです。





さて、マイセンの魅力の一つである絵付けには、下絵付けと上絵付の2種類があります。

下絵付けには、有名な『ブルー・オニオン』『ブルー・オーキッド』などがあり、

素焼きの後すぐに、多孔質の表面に行われるため、顔料は一気にしみこみ、

修正することが出来まないため、とても高い技量が必要とされます。

 

上絵付は、全くの無地のまま施釉され、本焼成後、絵付けをします。

ガラス質の釉薬で覆われているため、アルコールなどで修正可能。

マイセン工房で作られる1万色もの顔料を駆使し、

18世紀からの図案帳に忠実に、花、植物、果物、人物、風景などの題材が描かれます。





白磁焼成成功までのエピソードとマイセンの絵付けのお話し、いかがでしたでしょうか。

エレガントライフアカデミーでは、コレンション級の食器を実際に使用して、

お食事、ティータイムをお楽しみいただいております。

 

洋食器にご興味のある方も、それほどでもない方も、

本物に触れる体験になさりにお越しになりませんか?

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Writer


エレガントライフアカデミー代表
原田 章子 Harada Shoko


福岡市に生まれる。福岡雙葉小学校、中学校、高等学校卒業。白百合女子大学文学部、国文学科卒業。

90年代よりテーブルアートを志し、フランス留学。料理学校『コルドン・ブルー』、『リッツ・エスコフィエ』で料理と製菓を学ぶ。公爵夫人マリー・ブランシュ・ドゥ・ブロイユに師事し、フランス食文化史を学ぶ。パリの生花店『コム・オ・ジャルダン』で修業。その後も定期的に渡仏し、同店で研修を受ける。

2015年、母、原田治子逝去に際し、エレガントライフアカデミーの代表に就任。当Blogの執筆も手掛ける。