2016.4.21

三つの窯を擁したヨーロッパの名家『ハプスブルグ家』とは?

今日は朝から大降りの雨…本来なら恵みの雨ですが、被災地のことが心配です。

土砂崩れに河川の氾濫…。

被災なされた方も、ボランティアの方も十分気を付けて、ご無理なさいませんように…。

 

4月のエレアカは、『洋食器の知識』がテーマ。

本日は18世紀ヨーロッパで三つもの窯を擁した名家についてお話ししたいと思います。

 

1708年、ヨハン・ベットガーがヨーロッパ初の硬質磁器の開発に成功。

翌1709年にアウグスト2世によりマイセン窯が設立されると、

ヨーロッパでは空前の硬質磁器ブームが起こります。

もともと王侯貴族がステイタスシンボルとして輸入された東洋磁器を壁に飾っていたところ、

マイセン同様自国で磁器が作れるとなれば、

国の大変な権威であると同時に莫大な富が得られると考えられたからです。

 

マイセンに次いで開かれたのが、オーストリアの『アウガルテン』

デュ・パキエ窯(ウィーン窯とも呼ばれる。)として創設され、

1744年、女帝マリア・テレジアによって皇室直属の磁器窯となりました。

白磁にグリーンのバラ模様の『マリア・テレジア』はこの窯の代表作です。





https://ja.wikipedia.org/wiki/マリア・テレジア


マリアテレジアの息子、フランツ・ヨーゼフも磁器窯のパトロンとなります。

それがハンガリーの『ヘレンド』。1826年ヘレンド村で創業。

16世紀よりマヨルカ陶器の産地として知られるこの地方で、

質の高い磁器生産を目指し、ハンガリー貴族の支持を得ることに成功。

高い技術、芸術性を獲得し、1842年には皇帝フランツ・ヨーゼフによって

正式に御用窯として承認されました。

イギリスのビクトリア女王に気にいられその名のついた『ビクトリア』、

マリア・テレジアに捧げられた『ウィーンの薔薇』

フランスのナポレオン3世妃ユージェニーお気に入りの『インドの華』など

ヨーロッパ磁器を代表する名柄がいくつもあります。





http://www.herend.co.jp/products/fv/index.html

 

フランスのセーブル焼は、1738年に開窯。

ルイ15世の寵妃ポンパドール夫人の庇護を受け、1750年に『王立製陶所』となり、

1759年にセーブルへ移転、1769年硬質磁器を完成します。

『ブル・ド・ロワ(王の青)』という濃紺に金彩の飾り、『ポンパドール・ピンク』が有名。

マリア・テレジアの末娘であり、ルイ16世に嫁いだマリー・アントワネット

当時の大貴族たち同様、硬質磁器を愛し、パトロンとしてセーブル製のティーセットを

故郷の母や兄フランツ・ヨーゼフに贈っています。





https://ja.wikipedia.org/wiki/セーヴル焼

オーステリアの『アウガルテン』、ハンガリーの『ヘレンド』、フランスの『セーブル』…

三つの国のそれぞれの御用窯、全く別に見えて実は

一つの名家の後ろ盾があっての発展というわけです。

ハプスブルグ家が当時のヨーロッパに置いて、政治、経済、芸術…

すべての面に置いて如何に力を持っていたか分かりますね。

 

エレアカのテーブルコーディネート基礎コース『食卓の美学セミナー』

各月のテーマを歴史からお話しさせていただいております。

食器といった身近なところから見ると、

苦手だった西洋史も楽しく感じていただけるのではないでしょうか?

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Writer


エレガントライフアカデミー代表
原田 章子 Harada Shoko


福岡市に生まれる。福岡雙葉小学校、中学校、高等学校卒業。白百合女子大学文学部、国文学科卒業。

90年代よりテーブルアートを志し、フランス留学。料理学校『コルドン・ブルー』、『リッツ・エスコフィエ』で料理と製菓を学ぶ。公爵夫人マリー・ブランシュ・ドゥ・ブロイユに師事し、フランス食文化史を学ぶ。パリの生花店『コム・オ・ジャルダン』で修業。その後も定期的に渡仏し、同店で研修を受ける。

2015年、母、原田治子逝去に際し、エレガントライフアカデミーの代表に就任。当Blogの執筆も手掛ける。