2016.1.21

原田治子 Story ⑪ 音楽家の妻としての目標

エレガントライフアカデミー創始者、原田治子の一生の物語です。

バックナンバー①~⑩は『原田治子Story』でお読みいただけます。

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大学で音楽を専攻し、子供にピアノを教えていた母が、ピアニストと結婚したというのは

自然な成り行きとお思いになるかもしれません。

でもこの決断には、一冊の本の影響がありました。それは『チャイコフスキー・愛の書簡』





結婚後の父、原田吉雄。

 

「くるみ割り人形」や「白鳥の湖」で知られるロシアの作曲家、チャイコフスキーと

そのパトロン(資金援助者)フォン・メック夫人との書簡集です。

フォン・メック夫人は若くして鉄道王の妻となり、夫の死後は莫大な富を相続。

豊かな音楽的才能に恵まれながら、精神的に極めてデリケートであったチャイコフスキーを

精神的、経済的に支えました。

チャイコフスキーの交響曲第四番は彼女にささげられたと言われていますが、

文通を続けた14年の間、二人が会うことは一度としてありませんでした。

 

母は闘病中に出会ったこの一冊の本に、とても感銘を受け、

「自分は偉大な音楽家にはなれないけれど、夫人のように、

音楽家を支援することはできるかもしれない。そうできたら、いいな。」

と思うようになっていたのです。





ドイツの留学中の父の写真。

 

出会ったとき、目の下にクマを作り、痩せて健康そうとは云い難かった父。

でも母は音楽の才能を信じ、「この人を助け、幸せにすることが私の使命。」と結婚を決め、

音楽家の妻として目標を立てます。

 

①食事と体調管理に気を付けて、健康にする。

②音楽留学させる。

③ソロリサイタルとオーケストラと共演コンチェルトをさせる。

④著書を出版させる。

⑤四年制大学の教授にさせる。

 

そして見事に、五つの目標すべてを成し遂げることになるのです。





4年生大学の教授になり、夫婦旅行。その頃にはピアノ演奏法の本、数冊を翻訳出版していた。

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Writer


エレガントライフアカデミー代表
原田 章子 Harada Shoko


福岡市に生まれる。福岡雙葉小学校、中学校、高等学校卒業。白百合女子大学文学部、国文学科卒業。

90年代よりテーブルアートを志し、フランス留学。料理学校『コルドン・ブルー』、『リッツ・エスコフィエ』で料理と製菓を学ぶ。公爵夫人マリー・ブランシュ・ドゥ・ブロイユに師事し、フランス食文化史を学ぶ。パリの生花店『コム・オ・ジャルダン』で修業。その後も定期的に渡仏し、同店で研修を受ける。

2015年、母、原田治子逝去に際し、エレガントライフアカデミーの代表に就任。当Blogの執筆も手掛ける。