2016.2.19

原田 治子 Story ⑮ 『もてなしの心は言葉を超えて~ピヒト先生の想い出』

エレガントライフアカデミー創始者、食卓演出家・原田治子の一生の物語です。

バックナンバー①~⑭はコチラ→原田治子Storyにてお読みいただけます。

 

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帰国後、父は演奏活動を本格化させる一方で、留学先であったドイツ、

フライブルグ音楽大学での恩師、エデット・ピヒト=アンセンフェルト氏を招き、

福岡でリサイタルを開催することを思い付きます。





日程を調節し、会場を借り、滞在中のホテルを予約。そしてチケットをさばく。

父一人のマネージメントだけでも大変なのに、

母は父の師のプロデュースまで手掛けることになったのです。

 

しかも来日が近づき、詳細を詰めていく中で、母にとって誤算が発生します。

大変熱心な演奏家であるピヒト女史は、一日たりとも指を休めることを潔しとせず、

演奏会のための福岡滞在約一週間は、宿泊こそホテルですが、

朝食をホテルでとったのち朝8時ごろから、原田家にいらっしゃってピアノをお弾きになり、

夜10時過ぎにホテルに帰るという生活をなさるというのです。

 

留学時代の後半をピヒト家に下宿させてもらいながら、指導を受けた父は、

当然のように、『家でもてなしてね。ドイツではそうするよ。』と言い放ち、

母はなんとランチ、ティータイム、ディナーの一日三回のもてなしを、

一週間つづけることになったのです。

 

ご滞在期間中、1~2回のティータイムのおもてなしを…と考えていた母にとっては、

青天の霹靂!

しかも相手は世界一几帳面と名高いドイツ夫人であり、完璧主義なピアニストです。

逃げだしたい気持ちを抑え、思い替えることにしました。

 

『とんでもなく大変そうだけど、音楽家の妻としての晴れ舞台といえるかもしれない。

出来る限りのことをさせていただこう。』

 

まず今できるお料理の中から、先生のお口に合いそうなものをリストアップ。

フルコースでメニューを組み、それにふさわしい食器、テーブルクロス類を選び、

テーブルコーディネート。一日中ピアノをお弾きになる先生の気分転換になればと、

もてなしごとにテーブルクロスから替えるようにしたので、

足らないものは実家から借りたり、購入したりする必要がありました。

 

メンバーも、父一人ではドイツ語で間が持たない心配があったので、

父の音楽仲間や教会の神父様など、ドイツ語が出来る方をあたり、同席を依頼。

 

知り合い、友人、実家の父母など総動員でなんとか段取りをつけ、怒涛のように当日を迎え、

もてなしにつぐ、もてなしに寝る間もないほどの忙しさ…。さすがの母も

一日が終わり先生がホテルにお帰りになると、倒れ込みたいほど疲労感に襲われましたが、

明日もあさっても、一日三回のもてなしが待っているのです。





しかもそれだけ大変なことをしているのに、

食事の間、ドイツ語が出来ない母は、会話には入ることはできず、

さらにピアノの練習中やレッスン中に音楽室にいると、

父から「なに?早く出ていって。」と目で退却を促されるという始末…。

 

『まるでピアノやドイツ語ができないと、人間じゃないって態度ね!

いいわ!私は食卓の上で、リサイタル(独奏会)をするのだから!

 

そんな母の気持ちを知ってか、知らずか、ピヒト先生は帰国する前の晩、

父にこう告げたのです。

『ハルコは素晴らしい女性ね。一週間天国のようなもてなしを受けたわ。

今度来るときは日本語を勉強して、ハルコと歌うように話したいわ!』

 

それからピヒト先生は日本各地に呼ばれるようになり、

20年間にわたり、2年に一回のペースで来日。福岡でもたびたびリサイタルを開催。

そのたびに原田家でピアノをさらうのを日課になさいました。

 

最後の来日は1996年、最後まで日本語はお話しになりませんでしたが、

もう母とピヒト先生との間に、言葉など必要ありませんでした。



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Writer


エレガントライフアカデミー代表
原田 章子 Harada Shoko


福岡市に生まれる。福岡雙葉小学校、中学校、高等学校卒業。白百合女子大学文学部、国文学科卒業。

90年代よりテーブルアートを志し、フランス留学。料理学校『コルドン・ブルー』、『リッツ・エスコフィエ』で料理と製菓を学ぶ。公爵夫人マリー・ブランシュ・ドゥ・ブロイユに師事し、フランス食文化史を学ぶ。パリの生花店『コム・オ・ジャルダン』で修業。その後も定期的に渡仏し、同店で研修を受ける。

2015年、母、原田治子逝去に際し、エレガントライフアカデミーの代表に就任。当Blogの執筆も手掛ける。