10月に入りましたが、まだまだお暑いですね。
早く涼しくならないかな?わたくしは秋や冬が好きです。
汗をかかない、お洒落が楽しめる、手芸などお家時間が楽しくなる…
いろいろある冬が好きな理由の一つは、”紅茶が美味しく飲める”こと!
お気に入りのアンティークカップで、のんびり一人のティータイムも好きですし、
いろいろなティーフードやお花を用意して、お客様をお迎えしてのティーパーティーも好き。
気分に合わせて、ミルクティーやハーブティーなど紅茶の種類や入れ方を選ぶのも楽しいですよね。
これから涼しくなってきて、お紅茶を召し上がるとき、ティータイムがもっと楽しくなるように
これから少しずつ紅茶のお話しをしていこうと思います。
中国では、お茶は天地創造の時代に、医術や火をつかさどる神であった神農が、
ある日、小川のほとりで水を汲み、釜で煮沸させているところへ木の葉がおちて、
その湯を飲んでみると香り高く味も良かったので人々に広めたという神話があります。
http://blogs.yahoo.co.jp/jiitanio/6556200.html
インドでは若き日の達磨が中国に渡り、座禅修行をしていたときのこと、
猛烈な睡魔に襲われた達磨が自分のまぶたを切り取って捨てると、
そのまぶたから芽が出て青い葉が茂り、木の葉を食べると眠気が治まり、
無事修行を終えることが出来たという伝説がりますが、実際のところお茶の誕生は神秘に包まれています。
紀元7,8世紀中国から絹をはじめ、香料や東洋の珍しい品々が運ばれ、東西の文化が交流しました。
このティーロードは広東を起点としたため、お茶はアジアの国々では広東語のCha( チャ ) という名で伝わりました。
日本へは平安時代、遣唐使によって伝えられ、緑茶として独自の文化を築くことになります。
ヨーロッパへは、大航海時代1610年、オランダ商人によって伝えられましたが、
そのとき持ち帰られたのは緑茶であったといわれていいます。
それがどのようにして紅茶になったかは謎に包まれていますが、
ヨーロッパ諸国では積出港のアモイでの名、福建語のTay( ティ )が伝わり、
イギリスではTea( ティー )、フランスではThé( テ )と呼ばれるようになりました。
1657年、オランダがイギリスに持ち込んだ紅茶は、
ロンドンのコーヒーハウス『ギャラウェイ』で始めて売り出されました。当時のコーヒーハウスは、
その頃市民たちの情報交換の場であり、職業や支持する政党によっても出入りするところが分かれ、
女人禁制で、現在にも伝わるイギリスのクラブの先駆けとなりました。
1662年、ポルトガルの皇女キャサリンがイギリス国王チャールズ二世のもとに嫁ぐことになります。
彼女が大変な紅茶好きであった影響もあり、
紅茶は砂糖を入れる風習とともに一般家庭にまで急速に広まっていきました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/キャサリン・オブ・ブラガンザ
イギリス政府は増加する国内需要に応えるために、1669年紅茶の輸入に乗り出し、
東洋交易からオランダなど他の国々を締め出し、
1721年にはイギリス東インド会社がヨーロッパにおける紅茶輸入の全権を握ります。
17世紀後半から18世紀後半にいたる100年、紅茶の独占利潤は大英帝国に莫大な利益をもたらしました。
この続きは紅茶の歴史②へ続きます。お楽しみに。
エレガントライフアカデミー代表
原田 章子 Harada Shoko
福岡市に生まれる。福岡雙葉小学校、中学校、高等学校卒業。白百合女子大学文学部、国文学科卒業。
90年代よりテーブルアートを志し、フランス留学。料理学校『コルドン・ブルー』、『リッツ・エスコフィエ』で料理と製菓を学ぶ。公爵夫人マリー・ブランシュ・ドゥ・ブロイユに師事し、フランス食文化史を学ぶ。パリの生花店『コム・オ・ジャルダン』で修業。その後も定期的に渡仏し、同店で研修を受ける。
2015年、母、原田治子逝去に際し、エレガントライフアカデミーの代表に就任。当Blogの執筆も手掛ける。